新潟・大阪・アメリカに学ぶ、震源からの距離だけでは測れない地震リスク
長周期地震動というと、高層ビルが多く、地震の記録や研究が豊富な日本特有の話だと思われがちです。しかし実際には、地質条件や建物の特性が揃えば、世界中どこでも起こり得る現象です。本記事では、日本国内の事例に加えて、アメリカの研究事例も交えながら、「震源からの距離」だけでは測れない地震リスクの考え方を紹介します。長周期地震動そのものの仕組みや基本的な事例については、前回までの記事もあわせてご覧ください。
これまでの記事でも触れたとおり、1985年のメキシコ地震や、2011年の東日本大震災は、震源から離れた場所でも大きな被害が生じた代表的な事例として広く知られています。今回は、それ以外の事例にも目を向け、「地震そのものの規模」だけでなく、「地震・地盤・建物の相互作用」がリスクを左右するという原則を、あらためて確認していきます。
2004年、東京から遠く離れた新潟の地震がエレベーターを止めた
2004年に発生した新潟県中越地震では、震源から離れた東京でも長周期地震動の影響が観測され、高層ビルのエレベーターに被害が生じました。震源に近い地域だけでなく、遠く離れた大都市の高層ビル設備にまで影響が及んだこの事例は、「地震の規模や震源からの距離だけでは、都市部への影響を判断できない」ことを示す早い時期の例といえます。
エレベーターは、地震時の避難や、地震後の復旧作業においても重要な設備です。地震発生時には、安全確認のために自動停止する仕組みが備わっていますが、長時間の点検や復旧作業が必要になった場合、その間の移動や物流、来客対応などに影響が及ぶことがあります。

震源から遠いというだけで「自社には関係ない」と考えるのではなく、遠方の地震でも都市部の高層ビル設備に影響が及ぶ可能性がある、という事実を押さえておくことが重要です。
「震度3」なのに、なぜ大阪の高層ビルで被害が出たのか
2011年の東日本大震災では、震源から約700キロ離れた大阪市の咲洲庁舎(55階建て・高さ256メートル)で、約10分間にわたる大きな揺れが観測されました。大阪市内の震度は3程度にとどまっていたにもかかわらず、最上階付近の揺れ幅は最大で約2.7メートルに達し、エレベーターの停止や内装の損傷といった被害が生じました。これは、建物の固有周期と地盤の揺れやすい周期が重なって共振が起きたためとされています。従来の震度という指標だけでは、高層ビル内部で実際に何が起きているのかを十分に表せないことを示しています。地上での揺れが比較的小さく見えても、建物の固有周期と地震動の周期が合致すれば、上層階では家具の移動や転倒、什器の損傷など、深刻な影響が生じることがあります。
日本が長周期地震動階級という独自の指標を導入した背景には、こうした「震度だけでは見えないリスク」を可視化する狙いがあります。東京、名古屋、大阪といった大都市はいずれも広い平野部に位置し、高層ビルが集中しているため、日本ではとくにこの現象への関心が高まっています。ただし、これは高層ビルそのものが危険であることを意味するわけではなく、低層の建物とは異なる揺れ方をする、という特性として理解する必要があります。

日本だけではない。アメリカ・シアトルの高層ビルも他人事ではない理由
長周期地震動への関心は、日本国内にとどまりません。アメリカでも、大規模な地震と長周期地震動は、都市の防災対策における重要な検討課題のひとつとされています。その代表例が、北米西海岸に位置するカスケード沈み込み帯です。この地域で将来的に巨大地震が発生した場合、シアトルを含む広範囲の都市に長周期地震動の影響が及ぶ可能性があるとされ、研究者たちは、地下の盆地構造や高層ビルの特性が、長周期の揺れにどのような影響を与えるかを研究しています。
地震そのものの規模やメカニズムは、日本やメキシコの事例とは異なりますが、根底にある物理的な原理は共通しています。地震によって発生した揺れは、まず地下の地質構造を通過する際に増幅されたり長く続いたりし、その後、地上の建物に伝わって、それぞれの建物の特性に応じた揺れ方を引き起こします。震源で何が起きたかということと同じくらい、その揺れが地盤や建物とどのように相互作用するかが重要だという点は、国や地域を問わない共通の原則です。
米国土木学会(ASCE):シアトルの盆地は1.5〜6秒の周期帯の揺れを増幅させると報告

盆地状の地質構造は、地震の揺れの性質そのものに影響を与えることがあります。地質構造や入ってくる波の周期によっては、特定の成分が増幅されたり、長く続いたりすることがあります。これは、固有周期の長い高層ビルにとってはとくに重要な意味を持ちます。なぜなら、こうした建物の固有周期は、増幅された長周期の揺れと重なりやすいためです。結果として、「地震」「地盤」「建物」という3つの要素が絡み合う、複雑な相互作用が生まれます。地震は入ってくる揺れの性質を決め、地盤はその揺れを変化させ、建物は自身の特性に応じて反応します。だからこそ、地震への備えは、地震の規模や震源からの距離だけに頼ることはできません。
国や地域が違っても、備えの考え方はひとつに集約される
メキシコシティ、東日本大震災、新潟県中越地震、大阪、そしてアメリカのカスケード沈み込み帯——これらの事例はそれぞれ状況が異なりますが、共通して示しているのは「長周期地震動は特定の国や地域だけの問題ではない」という点です。メキシコシティは、柔らかい地盤と建物の固有周期の組み合わせの重要性を、日本の事例は、震源から遠く離れた高層ビルへの影響を、アメリカでの研究は、盆地構造を持つ地域における長周期の揺れの重要性を、それぞれ示しています。

地震の揺れが企業に及ぼす影響は、建物の構造被害だけにとどまりません。オフィス家具が通路をふさぐ、機器が本来の位置から動く、保管用のキャビネットが転倒する、棚から物が落下する、エレベーターが使用できなくなる、従業員が安全に移動しにくくなる——建物自体が引き続き使用できる状態であっても、こうした二次的な影響によって、通常業務の再開が遅れることがあります。

地震が多い地域で事業を展開している企業は、こうした長周期地震動が自社の施設に影響を及ぼす可能性がないか、あらためて確認しておく価値があります。とくに、高層階のオフィス、病院、研究施設、ホテル、商業施設、産業施設、倉庫、重要な機器を保管している建物などは、注意が必要な代表例といえます。
もちろん、リスクの内容は国や建物によって異なります。メキシコシティと東京とでは地震の条件が異なり、シアトルの企業もまた別の条件下に置かれています。しかし、備えの進め方そのものは、共通の手順に沿って考えることができます。地域の地震リスクを把握すること、自社の建物の特性を理解すること、何が動く可能性があるかを特定すること、重要な機器を保護すること、避難経路を確保しておくこと、そして、これらをBCP(事業継続計画)に組み込んでおくこと——これらは、国や地域を問わず共通して重要なステップです。
大規模な地震が起きたときに生じるすべての結果を、あらかじめ完全に予測できる万能なチェックリストは存在しません。地域の地質、建物の設計、建物の高さ、施設内にある什器・設備、そして揺れの継続時間や周期——これらすべてが影響を及ぼします。だからこそ、もっとも効果的な備えとは、地域の地震情報と、自社の施設ごとの状況把握を組み合わせることだといえます。たとえば高層ビルに入居している企業であれば、その建物の固有周期に関する情報が得られるかどうかを確認してみる価値があります。こうした情報が、自社にとってとくに注意すべき揺れの種類を理解する手がかりになります。

国際的な事例から得られる最大の教訓は、地震リスクが震源だけで決まるわけではない、という点です。メキシコシティは、地質による増幅と建物の応答が組み合わさったときに、遠方の地震がどれほど深刻な影響をもたらし得るかを示しました。日本の事例は、震源から数百キロメートル離れた高層ビルにも長周期の揺れが影響を及ぼし得ることを示しました。そしてアメリカでの研究は、盆地構造を持つ地域における将来の地震への備えにおいても、長周期地震動が重要な検討事項であることを示しています。
これらの事例が指し示す結論はひとつです。地震への備えは、地震そのものと、地盤、建物、そして建物内の什器・設備が、どのように相互作用するかを踏まえて考える必要がある、ということです。企業にとって、この広い視野を持つことは、見落とされがちなリスクに気づくきっかけになります。

長周期地震動は、特定の国や地域だけの問題ではなく、高層ビルと地震活動が存在する場所であれば、どこでも起こり得るリスクです。震源からの距離や、自国・自地域の地震の少なさだけを根拠に「関係ない」と判断せず、自社の建物やその立地の地質条件を踏まえて、備えを検討することが大切です。次に取り組むべき実践的なステップ、すなわち地震が起きる前に企業ができる具体的な対策については、次回の記事で詳しく解説します。
長周期地震動への備えとして、什器・設備の転倒や移動を防ぐことは、国や地域を問わず有効な対策のひとつです。壁や床への穴あけが不要なアンカーレス耐震工法であれば、既存の建物やレイアウト変更の多いオフィスにも導入しやすくなります。詳しい特徴については、前回までの記事や製品ページをご覧いただくか、お気軽にお問い合わせください。